M&Aの税金を考えるときは、税率を調べる前に、誰が、何を売り、誰の口座に代金が入るかを確認しましょう。個人株主が株式を売る場合と、会社が事業を売る場合では、納税する人も、利益の計算も異なります。
例えば、個人の株式譲渡で用いられる20.315%は、通常、売却代金全額に掛ける数字ではありません。一方、会社の事業譲渡代金は会社が受け取るため、そのまま経営者個人の手取りにはなりません。本記事では、この違いを比較表と計算例で整理し、契約前に税理士へ確認する事項を解説します。
2026年10月16日に一次資料を確認。2026年の日本国内の一般的な取引を中心とした説明です。国税庁の参照ページは令和8年4月1日現在法令等、法人税法は本日時点の施行版を確認しています。翌年以降の取引、非居住者、自己株式の取得、組織再編の特例などは、取引条件と適用時期に応じて別途確認してください。個別の申告・税額の確定は税理士へ依頼しましょう。
目次
1.M&Aの税金は「売り手」と「譲渡対象」で分ける
同じ「会社を売る」という相談でも、法律上の売り手が経営者個人なのか、経営する法人なのかで出発点が変わります。まず、次の表で自分の取引に近い行を確認してください。
| 取引の例 | 代金を受け取る人 | 税務の確認の出発点 |
|---|---|---|
| 個人株主が保有株式を第三者へ売る | その個人株主 | 株式の譲渡所得等。取得費・売却手数料等と適用する特例を確認 |
| 法人株主が保有する子会社株式を売る | その法人株主 | 法人の所得計算。個人向けの20.315%を当てはめない |
| 法人が自社の事業を譲渡する | 事業を売る法人 | 譲渡する資産等の税務上の簿価・費用、法人の所得と消費税を確認 |
| 個人事業主が事業の資産を譲渡する | その個人事業主 | 商品・土地・建物・設備など、資産ごとの所得区分と消費税を確認 |
株式譲渡では株主が替わり、事業譲渡では対象となる事業の資産等を移す点が異なります。手続や引継ぎ範囲は、株式譲渡の仕組みと注意点、事業譲渡の進め方で確認できます。手法をまだ決めていない場合は、M&Aの種類と目的別の比較も参考にしてください。
2.個人の株式譲渡は、売却額から取得費などを引いて考える
2026年の一般的な税率は合計20.315%
日本の居住者である個人が保有株式を第三者へ売る一般的な場合、株式の譲渡所得等は他の所得と区分して計算します。2026年の通常の税率は、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%です。復興特別所得税0.315%は、所得税15%に2.1%を掛けたものです。
出発点となる計算は、譲渡所得等の金額=売却代金-取得費-売却手数料等です。取得費は株式を取得するために支払った金額などであり、売却対象会社の純資産額や、その会社が持つ設備の帳簿価額とは区別します。根拠は国税庁「株式等を譲渡したときの課税」です。
仮想例:1,200万円で株式を売る場合
以下は、取得費300万円、売却手数料等100万円の全額が必要経費に該当し、他の株式取引・控除・特例・高額所得の加算などを考慮しない計算例です。実際の案件の価格や手取りを保証するものではありません。
| 項目 | 金額・計算 |
|---|---|
| 株式の売却代金 | 1,200万円 |
| 取得費/売却手数料等 | 300万円/100万円 |
| 譲渡所得等の金額 | 1,200万円-300万円-100万円=800万円 |
| 税額の単純概算 | 800万円×20.315%=162万5,200円 |
この例では、代金1,200万円に直接税率を掛ける計算とは結果が変わります。さらに、取得費300万円は過去の株式取得時の支出です。譲渡所得を計算するための控除と、売却時に支払う現金を分けて資金繰りを作成しましょう。上表だけで最終手取りを確定しないでください。
取得費が分からないときは、過去の資料を探す
払込・購入の記録、増資時の資料、過去の売買契約などから取得費を確認します。相続や贈与で取得した株式は、原則として前の所有者の取得費を引き継ぐため、相続時の評価額をそのまま使えるとは限りません。国税庁「譲渡した株式等の取得費」には、取得費が分からない場合などの取扱いも示されています。資料が見つからない段階で、取得費をゼロと決めずに税理士へ相談してください。
高額所得や損失がある場合は、単純計算で終えない
2025年分以降には高額所得に関する特例があります。国税庁の2026年の説明では、基準所得金額が3億3,000万円を超え、その超過部分の22.5%相当額が基準所得税額を上回る場合、その差額を所得税額に加算します。売却代金が3億3,000万円を超えれば直ちに加算される、という判定ではありません。株式譲渡以外の所得も含む所定の基準で確認します。
また、上場株式等と一般株式等の譲渡損益は自由に相殺できるわけではありません。大きな売却益、他の株式の損失、自己株式取得などがある場合は、税理士に取引全体を示しましょう。参照:国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例」、前掲の株式譲渡の課税説明。
3.法人の株式・事業の売却は、会社の所得を計算する
法人株主が株式を売った場合や、法人が自社事業を譲渡した場合には、売却による収益や原価・費用等を法人の所得計算に反映します。法人税法22条は、各事業年度の所得を、益金から損金を控除した金額とする基本を定めています。
例えば、法人による事業譲渡では、譲渡資産等の税務上の簿価と費用、当期の他の損益などを確認します。売却代金だけから納税額を確定したり、個人の株式譲渡の20.315%を使ったりすることはできません。会計上の利益と税務上の所得が一致するとも限りません。
法人税率も法人区分・所得・適用事業年度などで異なります。国税庁「法人税の税率」を確認し、所在地などで取扱いが変わる税目も含め、案件ごとの負担を試算しましょう。「法人のM&Aは一律約34%」という見積りだけで契約を決めるのは避けてください。
会社の入金と、経営者個人への資金移動を分ける
会社が事業を売った場合、代金の受取先は会社です。その後に経営者へ配当する場合などは、別の税務確認が必要になります。国税庁「配当金を受け取ったとき」も確認してください。
「会社に残して次の事業へ使いたい」のか、「オーナー個人の生活資金を確保したい」のかで比較すべき資金の流れは変わります。会社の税引後資金と個人への移転後の手取りを別々に試算し、目的に合うか確認しましょう。退職金や会社清算を組み合わせる案も、実態・要件の検討なしに節税策と決めないことが必要です。
4.個人事業の譲渡は、資産ごとに所得区分を確認する
個人事業主が店舗や事業を売る場合、対価全体を株式譲渡と同じ税率で計算することはできません。国税庁「譲渡所得の対象となる資産と課税方法」では、事業の商品・原材料などの棚卸資産の譲渡による所得は事業所得とされています。一方、土地・建物等の譲渡所得は、他の所得と区分して計算する仕組みです。
例えば、店舗の譲渡に在庫、設備、建物が含まれるなら、対象の一覧とそれぞれの対価を整理します。同じ契約に含まれていても、全てが同じ所得区分になるとは限りません。取得時期・取得額・減価償却の記録も渡し、項目ごとの計算を依頼してください。
5.事業譲渡の消費税は、資産の内訳で判定する
事業譲渡では、売却代金全体に一律に消費税を掛けるのではなく、対象資産と取引の性質を確認します。国内で事業者が対価を得て行う資産の譲渡等には有形・無形の資産が含まれ、一方で土地や有価証券等の譲渡には非課税の定めがあります。
| 対象の例 | 消費税の確認 |
|---|---|
| 株式そのものの譲渡 | 有価証券等の譲渡として原則非課税。仲介等のサービス料金とは分ける |
| 事業用の設備・建物・商品・営業権など | 原則として課税取引となる対象。個々の取引条件を確認 |
| 土地・金銭債権などの譲渡 | 非課税取引に該当する対象。課税資産と対価を区分 |
「事業をまとめて譲渡するから全体が消費税の対象外」とは判断しないでください。まず契約の対象を一覧にし、資産別の対価と税込・税抜の表示を確認します。売り手の納税義務と買い手の仕入税額控除の可否は、課税・免税の状況や適格請求書なども含めた別の確認事項です。
参照:国税庁「課税の対象」、「非課税となる取引」。税率だけの比較では、売却後の納税資金や契約条件を見落とすおそれがあります。
6.契約前に進める、税金と手取りの確認5ステップ
- 売り手と受取先を決める。個人株主・法人株主・事業を売る法人・個人事業主のどれかを確認し、資金の流れを図にします。
- 対価と対象を整理する。売却する株数や資産、支払条件、価格調整の条件を記録します。未確定額は確定額と分けます。
- 取得費・簿価・費用の根拠をそろえる。株式の取得費と法人の資産簿価を混同せず、費用ごとの内容・支払先・証憑を整理します。
- 税理士へ条件別の試算を依頼する。同じ前提・時点で手法を比べ、会社に残る資金と個人の手取り、納税の時期を確認します。
- 試算と契約案を照合する。対価の配分、税込・税抜、費用の負担者、実行日などが変われば再計算し、必要な納税資金を確保します。
買い手側も「売り手の税金だけの問題」と扱わず、対価の配分や取得資産・費用の処理を自社の税理士に確認しましょう。合併・会社分割等の適格性、繰越欠損金、のれんの税務処理は別途の要件判定が必要です。この一般比較だけで課税の繰延べや控除を見込まないでください。
手法の税金だけでなく、M&Aの手数料と費用、M&Aの進め方も並べると、相談から契約までに確認すべき負担と時期を整理できます。
まだ手法を決めていない方へ:当メディアを運営するM&A HACKでは、M&Aの初回相談を無料で受け付けています。売り手の属性・譲渡したい対象・希望時期を伝え、検討事項の整理にご利用ください。個別の税額・申告判断は税理士に確認する必要があります。M&Aの無料相談はこちら
7.税理士へ渡す資料と、相談時の質問
- 株式を売る場合:株主名簿、取得・払込・増資等の資料、相続・贈与等の経緯が分かる資料
- 事業を売る場合:対象資産・契約の一覧、固定資産台帳、在庫の明細、対価の配分案
- 法人が売り手の場合:直近の決算書・申告書、当期の試算表、税務上の調整が分かる資料
- 共通:売却価格案、支払・価格調整条件、実行予定日、仲介等の費用見積り・契約案
- 個人の売却の場合:同年の他の所得・株式取引・控除等を確認できる資料
質問は「税率は何%ですか」だけで終えず、この資料で取得費を確認できるか、どの費用を差し引けるか、会社と個人にいくら残るか、いつ納税するか、契約条件が変わると再計算が必要かまで具体化しましょう。資料がない項目は「未確認」として伝え、推測の数値で埋めないことが大切です。
依頼先を探す場合は、M&Aに強い税理士の選び方と報酬の確認点で、対応範囲や見積りを比較してください。法人の税務顧問がいる場合でも、今回の譲渡やオーナー個人の申告をどこまで担当するかを確認しましょう。
8.よくある疑問:手取りと税額を混同しないために
売却代金の20.315%を用意すれば足りますか?
一律には判断できません。個人の通常の株式譲渡でも、まず取得費等を差し引いて譲渡所得等を計算し、他の取引や特例を確認します。法人や個人事業の譲渡には、その税率をそのまま使えません。
仲介手数料は全額差し引けますか?
納税者、取引の種類、費用の内容によって確認が必要です。個人の株式譲渡には取得費や委託手数料等を控除する計算がありますが、全ての支援費用を無条件に控除できると決めず、契約書・請求書と業務内容を税理士に示してください。
税率が低そうな手法を選べばよいですか?
手法だけでは決められません。受取先、売却価格、対象範囲、実行条件、費用、売却後の資金用途までそろえて比べます。会社に入る代金と個人の手取りを区別したうえで、実行できる条件を選びましょう。
まず「誰が何を売るか」「取得費・簿価の資料があるか」「資金を会社と個人のどちらに残したいか」を一枚にまとめてください。M&A全体の進め方を相談したい場合は、そのメモを基にM&A HACKの無料相談をご利用いただけます。税務の確定判断は、資料と契約条件をそろえて税理士へ依頼しましょう。


