「営業利益が1,000万円なら、会社はいくらで売れるのか」。売却を考え始めた経営者にとって、価格の目安は最初に知りたいことの一つです。ただし、利益に倍率を掛けるだけでは、株式の売却価格や経営者の手取りは決まりません。純資産を基準にする方法と、事業の収益力を基準にする方法では、計算の出発点が違います。
この記事では、非上場の中小企業の売却を検討している方に向け、算定方法の選び方、借入金の扱い、計算例、相談前に整理する資料を解説します。まずは自社の数字をどの計算に使うのかを確認し、希望価格の根拠を説明できる状態を目指しましょう。
目次
M&Aの売却価格は利益の何倍が目安になるのか
すべての会社に当てはまる「利益の何倍」という相場はありません。使う利益の種類、資産・負債、収益の安定性、比較対象、譲渡する範囲によって評価が変わり、最終的な価格は売り手と買い手の合意で決まります。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」参考資料2では、純資産に数年分の利益を加算する場合について、利益の種類は税引後利益・経常利益等、年数は通常1~3年と説明しています。これは純資産に加算する部分の説明であり、会社全体が必ず利益の1~3倍で売れるという意味ではありません。利益の種類と年数は案件ごとに異なり、交渉で決まる場合があります。
出典:中小企業庁「中小M&Aの譲渡額の算定方法」1・3ページ(2026年10月7日確認)。
査定額を聞くときは、「何倍ですか」に加えて、「どの利益を使い、純資産を加えるのか」「その数字は事業全体の価値か、株主が売る株式の価値か」を確認してください。同じ倍率でも、計算対象が違えば比較できません。
希望価格が決まっていなくても相談できます。業種、売上規模、希望時期、価格について知りたいことをまとめて、M&A HACKの無料相談をご利用ください。
売却価格を考える前に、何を売る価格かをそろえる
価格を比較するには、売却対象と代金を受け取る人・会社をそろえる必要があります。株式100%の売却価格と、一部事業の譲渡価格をそのまま比べると、希望額の根拠がずれてしまいます。
| 確認する項目 | 相談時の質問例 |
|---|---|
| 取引の対象 | 株式の全部・一部か、特定の事業・資産か。含める不動産や事業の範囲はどこか。 |
| 株式の価格 | 提示額は株式100%の評価か、自分の持ち分の売却代金か。 |
| 事業の価値 | 借入金や現預金を調整する前のEVか、調整後の株式価値か。 |
| 手取り | 税金、仲介・FA手数料、専門家費用、支払時期を考慮した金額か。 |
株式譲渡では株式を売る株主が代金を受け取ります。会社が事業を売る場合、譲渡代金は売却した会社に帰属するため、経営者個人の手取りと同じではありません。取引方法の違いは株式譲渡の解説と事業譲渡の解説で確認できます。税務上の扱いは、取引条件をそろえて税理士に確認しましょう。
会社の価格を算定する4つの方法と使い分け
算定方法は、会社の資産構成や将来の収益を説明できる資料に合わせて選びます。一つの方法で出した数字だけを確定価格と扱わず、何を評価でき、何を評価しにくい方法なのかを確認してください。
| 方法 | 出発点・使える場面 | 見落としやすい点 |
|---|---|---|
| 簿価純資産法 | 決算書の資産から負債を引いた純資産。最初の概算の出発点。 | 帳簿と時価の差、帳簿に出ていない資産・負債、将来の収益力。 |
| 時価純資産法 | 資産・負債を時価で見直した純資産。不動産や在庫などの実態確認。 | 評価に時間や費用が必要。純資産だけでは収益力を十分に説明できない場合がある。 |
| マルチプル法 | 類似する上場会社等の倍率と自社の財務指標。収益力と市場評価を比べる。 | 業種名だけで比較対象を選ばない。規模・成長性・顧客依存などの違いを確認。 |
| DCF法 | 将来のキャッシュフローを現在価値へ換算。事業計画を評価に反映する。 | 売上予測、投資、割引率などの前提で結果が変わる。希望額から逆算した計画は根拠にならない。 |
例えば、土地や設備を多く保有する会社なら帳簿と時価の差を点検し、資産が少ないサービス会社なら継続して得られる利益や顧客契約も確認する、という進め方が考えられます。これは方法選択の考え方であり、業種だけで方法が決まるわけではありません。
純資産法では資産だけでなく負債も点検する
時価純資産法は、資産の値上がりだけを見る方法ではありません。売れない在庫、回収が難しい売掛金、退職給付債務なども評価に影響します。一部の主要な資産・負債を見直す修正簿価純資産法もあるため、査定書にどの項目の修正が含まれているかを確認しましょう。
マルチプル法では営業利益とEBITDAを混ぜない
EV/EBITDA倍率法では、EBITDAを簡易的に「営業利益+減価償却費」と計算する場合があります。営業利益1,000万円、減価償却費500万円なら、この簡易計算のEBITDAは1,500万円です。営業利益の倍率をそのままEBITDAへ掛けると、比較の前提が変わります。比較対象、財務指標、評価時点をセットで説明してもらってください。
出典:参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」1・2・4ページ、中小M&Aガイドライン(第3版)44・113ページ。
仮想例で見る売却価格の計算と借入金の扱い
以下は計算の違いを理解するための仮想例です。倍率や利益の加算年数は例示の条件で、現在の相場や実際の査定結果ではありません。すべて株式100%の評価を想定しています。
例1:時価純資産に利益を加算する
時価で見直した資産が1億円、負債が6,000万円なら、時価純資産は4,000万円です。ここに、交渉上の仮定として継続的な経常利益1,000万円の2年分を加算する場合、計算上の目安は「4,000万円+1,000万円×2=6,000万円」となります。
この4,000万円はすでに負債を引いた数字です。同じ借入金をもう一度差し引くと二重控除になります。純資産を修正する項目と利益へ加算する項目の重複がないかも、算定を担当する専門家に確認してください。
例2:EBITDA倍率から株式価値へ換算する
別の会社について、EBITDA2,000万円、倍率4倍、有利子負債5,000万円、現預金1,000万円を仮定します。参考資料2の簡易式に沿うと、次のようになります。
- EVの計算:2,000万円×4=8,000万円
- 純有利子負債の計算:5,000万円-1,000万円=4,000万円
- 株式価値の計算:8,000万円-4,000万円=4,000万円
「事業の価値が8,000万円」と聞いても、株主が売る株式の評価が同額とは限りません。実際の取引では、現預金の範囲、負債に含める項目、必要な運転資金、基準日などを合意して調整します。EVから株式価値への調整を、純資産法の数字にも重ねて適用しないよう注意しましょう。
例3:売却代金と手取りを分ける
仮に株式売却代金4,000万円、売り手が負担する手数料・専門家費用の合計を400万円とすると、差額は3,600万円です。これは税金等を考慮する前の差額で、最終的な手取りではありません。税務は売却方法・取得費・売主の属性等によって確認が必要です。費用の見積もりは、M&Aの仲介手数料と成功報酬の確認方法も参考にしてください。
提示価格が変わる要因と、交渉前に確認したい条件
価格の説明には、数字だけでなく、買収後も事業が続く根拠が必要です。利益が同じ会社でも、主要顧客との契約や経営者への依存度が違えば、買い手が見込む収益やリスクは変わります。
- 利益の継続性:一時的な補助金・特別な案件・臨時費用を分け、どの利益が続くのか説明する。継続して必要な人件費や投資を、根拠なく除外しない。
- 顧客・契約:売上上位の顧客への依存度、契約期間、買収に伴う契約変更の必要性を整理する。顧客数だけで安定収益を断定しない。
- 人材・引継ぎ:主要業務を誰が担い、経営者が退いた後も続けられるかを説明する。従業員数が多いだけで高値になるわけではない。
- 財務・法務の確認:未計上の債務や紛争等がないかを確認する。デューデリジェンス(DD)の結果で価格や契約条件の再交渉が必要になる場合がある。
複数の買い手候補から提案を受ければ条件を比較できる一方、情報共有の範囲や調整負担も増えます。候補数を増やせば必ず高く売れるとは限りません。提示額に加え、支払時期、追加払いの条件、引継ぎ期間、経営者保証、補償責任を同じ表に並べて比較してください。
例えば、「契約額5,000万円、一括払い」と「契約額6,000万円、うち2,000万円は買収後の業績条件付き」では、確実に受け取れると見込む額を分けて検討する必要があります。条件付きの追加対価(アーンアウト)や価格調整の条件を曖昧にすると、後の争いにつながるおそれがあります。第3版54~55ページを踏まえ、最終契約の文言は弁護士等に確認しましょう。
価格相談の前に整理したい5つの資料
最初からすべての資料を完成させる必要はありません。まず分かっている数字と未確認の項目を分けると、相談先と次の作業を決めやすくなります。以下は初期相談の準備例であり、正式な査定やDDの必要資料は案件ごとに確認してください。
| 準備するもの | 価格説明で確認すること |
|---|---|
| 直近数期の決算書と最新試算表 | 売上・利益の推移。一時的な損益と継続的な損益。 |
| 借入金・現預金・主要資産の一覧 | 基準日、借入残高、不動産・在庫・売掛金の評価。個人所有の事業用資産との区別。 |
| 顧客別売上と主要契約の概要 | 顧客依存、継続性、引継ぎに必要な手続。 |
| 組織と事業計画の概要 | 経営者依存、主要人材、計画の根拠、今後必要な投資。 |
| 売却の希望条件 | 譲渡範囲、希望時期、希望額とその理由、従業員・経営者の引継ぎ希望。 |
詳細な顧客名簿や従業員情報を最初の問い合わせ本文にそのまま貼る必要はありません。初回は業種・売上規模・時期・疑問点から伝え、機密資料は共有先と秘密保持の扱いを確認して渡しましょう。売却の進め方はM&Aの流れと売り手の準備をご覧ください。
M&Aの売却価格についてよくある質問
赤字や債務超過でも売却価格は付くのか
赤字という事実だけで一律に決めることはできません。一時的な赤字か、事業の収益力が落ちているのか、資産・負債や買い手の目的を確認する必要があります。負のEBITDAへ安易に倍率を掛けても有用な目安になりにくいため、資金繰りと財務状況を示して、支援機関に方法を相談してください。買い手が見つかることや価格が付くことを保証するものではありません。
査定額と買い手の提示額が違うときはどうするか
算定方法、利益の調整、資産・負債、譲渡範囲、支払条件を分けて照合してください。差額だけを理由に判断せず、前提の違いを説明してもらうことが先です。必要に応じて、契約上の秘密保持等を確認したうえで他の専門家の意見を求めましょう。
高い価格を希望するなら何から始めればよいか
まず決算書と最新の業績をそろえ、継続利益、主要顧客、引継ぎ可能な業務、未確認の債務を説明できるようにします。そのうえで、価格だけでなく希望時期や引継ぎ条件の優先順位を決めてください。決算数値をよく見せるための無理な調整より、買い手が検証できる根拠を用意することが相談と交渉の出発点です。
まず自社の数字と希望条件を整理する
今日の準備は、直近の利益・純資産・借入金・現預金と、売却を検討する理由を一枚にまとめることです。分からない項目は未確認と書き、価格算定で確認したい質問にしてください。希望額の根拠、評価方法、費用を同じ条件で確認すれば、次に必要な資料と検討の進め方を決めやすくなります。
M&A HACKでは初回の相談を無料で受け付けています。売却を決める前の段階でも、現在の状況と知りたいことを相談フォームからお知らせください。


