「高いスキルを持つ設計士が欲しい」
「後継者がいない」
「AIに仕事を奪われるのでは?」
「電子申請の対応にはコストがかかる」
今後、ますます顕著になっていく建築設計事務所が直面している課題。
この記事をご覧になっている方は、このような問題にお悩みではないでしょうか。
まちづくりやインフラ整備において欠かせない役割を担っている建築設計事務所。
近年、経済や社会などの周辺環境の変化に伴い、建築設計事務所も従来型の戦略ではなく、日々、新しい戦略がほかの業界と同様に求められています。
生き残りをかけて、建築設計事務所の多くがM&Aを積極的に活用し、事業規模の拡大や効率化など、従来型の経営からの脱却を図っています。
M&Aや事業承継は、単に企業の規模を拡大するだけでなく、新たな技術や市場へのアクセス、さらには経営資源の最適化を実現する手段です。
また、後継者不足や技術革新のスピードに追いつけない中小企業にとって、事業承継は存続のための重要な選択肢の一つなのです。
しかし、M&Aや事業承継は複雑でリスクも伴うため、成功には慎重な準備と戦略が必要です。
今回、M&Aの専門企業である「M&A HACK」が、建築設計事務所におけるM&Aと事業承継の全体像を明らかにし、成功のためのポイントを徹底的に解説します。
さらに、売却相場の理解から実際の成功事例までを幅広くカバーすることで、今後、直面する可能性がある課題への理解を深め、実際の取り組みに役立つ情報を提供していきます。
建築設計事務所におけるM&Aや事業承継に興味を持つ企業経営者や関係者の皆様が、この記事を通じて、M&Aに対してさらに良い意思決定を行うきっかけとなることを期待しています。
目次
建築設計事務所のM&A戦略の利点と重要性
建築物の設計段階から竣工までを支える重要な役割を担っている建築設計事務所。
建築設計事務所は、住宅、オフィスビルや商業施設など、さまざまな種類の建築プロジェクトにおける設計図の作成、安全性や機能性や環境への配慮などの観点からの検討を行います。
最新の技術を駆使した設計手法、環境に優しい持続可能な建築を目指したエコデザインや、ドローン測量・プレキャスト部材の3Dプリンティング・建設ロボット・3Dスキャンによる施工管理の自動化など建設DX化による革新的な取り組みも多く見られます。
また、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)技術の導入により、設計から施工、さらには建築物の運用・維持管理に至るまで、一貫したデータ管理が可能になり、効率性と品質の向上が図られています。
しかし、これらの取り組みには大きな投資や時間が必要であり、すべての企業が自社だけでこれらを実現することは難しいのが現状です。
そこで、M&Aが有効な戦略となります。
建築設計事務所にとって、M&A(合併および買収)を行う利点は多岐にわたります。以下に、主な利点を挙げます。
- 市場シェアの拡大:
M&Aにより他の建築設計事務所を取り込むことで、市場シェアを拡大し、競争力を高めることができます。 - 事業の多角化:
異なる専門分野や地域に展開している設計事務所を買収することで、事業の範囲を広げ、リスクを分散することが可能になります。 - 新規事業への進出:
新しい技術やサービス領域への進出を図る際、既存の事業を持つ企業を買収することで、市場への参入障壁を低減し、事業展開を加速させることができます。 - コスト削減と効率化:
買収によって、設計プロセスだけでなく、営業活動、管理部門などの業務を統合し、コスト削減と効率化を図ることができます。 - 人材と技術の獲得:
優秀な人材や特定の技術・ノウハウを持つ企業を買収することで、それらを自社に取り込み、競争力を高めることができます。 - ブランド価値の向上:
名声のある建築設計事務所を買収することで、自社のブランド価値を向上させ、より多くのクライアントを惹きつけることが可能になります。 - 規模の経済:
企業規模が大きくなると、購買力が増し、様々なコストを抑えられる場合があります。また、大規模プロジェクトを獲得しやすくなる可能性もあります。
このように、M&Aは多大なリソースと時間を要する大きな取り組みですが、戦略的に行われた場合、企業の成長と発展に大きな貢献をもたらす可能性があります。
しかし、M&Aを行うことは、数多くのメリットがありますが、もちろん、M&Aはリスクも伴います。
異なる企業文化の融合、経営資源の適切な配分、経営戦略の一致など、成功するためには慎重な計画と実行が求められます。そのため、M&Aは一時的な成長戦略ではなく、中長期的な企業戦略の一部として位置づけるべきです。
このように、時間を買うM&A戦略は、急速な変化に対応する有効な戦略の一つなのです。この記事では、建築設計事務所のM&Aについて様々な視点から詳しく紹介していきます。
それでは、まず、建築設計事務所の概況や直面している課題について説明していきます。
建築設計事務所の概況・課題
建築設計事務所の概況と主なプレーヤー
建築設計事務所は、国内外の建設需要の増加に伴い、着実な成長を遂げています。特に、都市部の再開発プロジェクトや災害復興のための公共投資の拡大が市場を牽引しています。
また、環境配慮型建築やスマートシティ構想への関心の高まりも、市場成長の追い風となっています。しかし、市場全体の成長率は地域やセグメントによって大きな差があることには留意が必要です。
では、どのような売上規模で、成長率はどのくらいなのかについて、以下に引用します。(太字は「M&A HACK」による)
日経アーキテクチュアの調査に2021年度と22年度の業績(単体)を回答した設計事務所111社のうち、22年度の設計・監理業務売上高が21年度から増加したのは76社。全体の約68%となった。111社の22年度の設計・監理業務売上高は合計3215億円で、前期から約117億円増加した。
営業利益も伸びた。回答企業83社の60%に当たる50社が増益だ。物流施設や首都圏の大型再開発などの建設需要が堅調で、この数年は好決算が続いている
このように、全体の7割程度が増収、6割が増益になっています。これらの中で、設計・監理業務売上高が100億円超で推移する建築設計事務所は日本に7社あり、トップ3は以下となります。
項目 | 日建設計 | 日本設計 | NTTファシリティーズ |
設計・監理業務売上高 | 419億円 | 217億円 | 204億円 |
営業利益 | 69億円 | 28億円 | ▲4億円 |
所員数 | 2338人 | 999人 | 2938人 |
1級建築士 | 1000人 | 542人 | 798人 |
出典:好調な設計事務所の決算、減収の日建とNTTファシは明暗 | 日経クロステック(xTECH)
日本の建築設計事務所が抱える課題
近年、日本の建築設計事務所は、様々な課題に直面しています。ここでは、中小規模の建築設計事務所が抱える主な課題と、それぞれの解決策について詳しく説明します。
人口減少・空き家の増加
少子高齢化による人口減少と、核家族化の進展により、日本の住宅需要は縮小傾向にあります。また、空き家問題も刻化しており、従来型の建築需要は減少傾向にあります。
解決策
- リノベーション・リフォーム市場への注力:
空き家や既存建物の活用やリノベーション・リフォームの需要は高まっており、ここに注力することが新たなビジネスチャンスへつながります。 - 高齢者向け住宅や福祉施設の設計:
高齢化社会に対応したバリアフリー設計や介護対応住宅への方向転換も視野に入れるべきです。 - 地方移住への注力:
現在、多くの自治体が地方移住を促進する施策を提供しています。地域それぞれが持つ魅力を活かした住環境の設計も、今後、進出を検討すべきです。
AIの進歩による仕事の変化
近年、AI技術の進歩により、建築設計の一部が自動化される可能性があります。例えば、間取りや構造計算など、これまで設計者が手作業で行っていた作業がAIによって自動化されるかもしれません。
解決策
- AIツールの積極的な活用:
設計業務を効率化するために、AI関連ツールを積極的に活用することが重要です。 - 創造性や専門性の高い設計力の強化:
AIにはできない創造性や専門性の高い設計力こそが、設計事務所の差別化ポイントとなります。
人材・後継者不足
建築業界全体で人材不足は深刻化していますが、建築設計事務所も優秀な人材の確保と育成が課題となっています。また、高齢化で有資格技術者である建築士の大量引退の時代を迎えるなど、後継者不足も問題です。
解決策
- 働き方改革:
長時間労働が常態化している場合、働き方改革の視点からの労働環境の改善が不可欠です。 - 若者向けの施策:
インターンシップ制度の導入や、学生向けの設計コンペ開催など、若者にとって魅力的な職場づくりが必要です。 - キャリアパス制度の整備:
設計士のキャリアパスを明確にし、能力や経験に応じた処遇を行うことが重要です。
上記以外にも、日本の建築設計事務所は、受注単価の低下や国際的な競争力の低下などの課題を抱えています。
今後は、これらの課題に対する建築設計事務所の経営戦略が重要となります。発注者に徹底して寄り添う視点、事務所のブランディングを行うことや、意匠設計と設備設計・構造設計の統合、労働環境の改善などが挙げられます。
これらの課題に対して、各建築設計事務所が積極的に取り組むことで、持続的な成長と発展が可能になります。
建築設計事務所がM&Aをするメリット
建築設計事務所のM&Aにおいてのメリットを売却側・買収側の両方から解説します。
建築設計事務所のM&Aを検討する際の参考になるはずです。
売却側のメリット | 買収側のメリット |
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売却側のメリット
建築設計事務所における売却側のメリットは、以下のとおりです。
- 後継者不足の解消
- 従業員の雇用継続
- 資金調達・オーナーのEXIT
- 事業の選択と集中
- 借入における個人保証の解除
それぞれ詳しく解説していきます。
後継者不足の解消
中小規模の建築設計事務所にある問題として、後継者不足による廃業が挙げられますが、M&Aを進めることで後継者不足の解消に繋げることができます。
実際に後継者不足解消のため、中小規模の事務所が大手事務所に会社を譲渡をすることで、後継者問題の解消に繋げるケースがあります。
また、事務所を譲渡することで譲受事務所から経営陣を迎え、これまで通り事務所を存続させることが可能となります。
この場合、大手企業の経営者クラスに位置する優秀な人物が譲渡先の経営者となるため、譲渡した事務所の事業規模はこれまでより拡大される可能性が高くなります。
後継者不足に悩んでいる設計事務所にとって、事務所の譲渡・M&Aを行うことは廃業を避けるための大きな手段のひとつです。
従業員の雇用継続
売却側の設計事務所が廃業目前であった場合、M&Aを実行することで、既存従業員の雇用を継続して守ることができます。実際にM&Aを行った場合、ほとんどのケースで譲り受けた事務所によって従業員の雇用が継続されています。
労働条件においても引き継がれるケースがほとんどなので、既存従業員が被る影響は、廃業と比較してかなり大きく抑えることができます。
給与待遇や労働条件が同じであれば、M&A後の離職率も低い水準のままだと考えられます。
待遇面においては、M&A後に給与受験・労働時間・年間休日・福利厚生などの改善が行われるケースも多くみられます。
M&A以前よりも好条件で雇用されるケースもあるため、既存従業員にとっては大きなメリットとなり得ます。
資金調達・オーナーのEXIT
当然ながらM&Aによって売却された設計事務所は、買収側の事務所から金銭的収入を得ることができます。これは売却側のオーナーにとって大きなメリットとなります。
M&Aによって獲得した現金の使い道としては、代表的なものとして以下のものが挙げられます。
- 残っている借入金の返済に充てる
- オーナー自身の引退後の生活資金とする
- 新規事業における資金源とする
もし、M&Aをせずに廃業となれば、有形資産を処分する費用や解雇する従業員への補償など、多くのコストがかかります。オーナーにとっては廃業を選ぶよりM&Aを選ぶことの方が、はるかにメリットは大きいでしょう。
事業の選択と集中
景気悪化が続いてきた日本では、生き残りのために複数以上の事業を多角展開する企業も珍しくありません。しかし事業の多角化は一歩間違えれば、赤字を生み出し、廃業の原因になる可能性があります。
M&Aのスキームの一つである「事業譲渡」によって、不要となった事業やその関連資産だけを選別して売却することが可能です。実際に事業譲渡で、特定の事業だけを他社に売却する設計事務所もあります。
M&Aの事業譲渡によって事業を売却し、得意分野に資金や人員を集中することで、経営状態の好転にもつながる可能性もあります。
借入における個人保証の解除
借入による資金調達では、当然ながら返済義務が生じ、返済ができない場合は個人資産を失うことになります。建築設計事務所だけでなく、全ての経営者にとって大きな精神的負担となります。
特に中小規模の建築設計事務所の場合、経営資金の融資調達はオーナー経営者が個人保証したり、個人資産を担保に入れることがほとんどのはずです。倒産や廃業に陥った場合、オーナー個人の損害は甚大なものとなります。
M&Aで設計事務所を売却することで、会社は廃業や倒産を免れるだけでなく、基本的に債権も買い手に引き継がれるため、個人保証や担保差し入れを解消することができます。
オーナーが持っていた大きな悩みの種をすべて解消することに繋がるのです。
買収側のメリット
M&Aにおける買収側のメリットは、以下の通りです。
- 事業拡大のチャンスになる
- 新規事業へのハードル削減
- 優秀な人材の確保
それぞれ詳しく解説していきます。
事業拡大のチャンス
M&Aにおいて買収側が得られる最大のメリットは、事業拡大のチャンスを得ることです。M&Aによって買収側の企業は規模やシェアの拡大を達成することができます。
建築設計事務所のM&Aにおいては、売手となる企業が持つ設備や不動産のような有形資産に加え、顧客・取引先・各種情報などの無形資産を手に入れることも可能です。
また、中小企業双方のM&Aは市場シェアを拡大させ、ライバルに圧倒的な差を付けることにも繋がります。
新規事業参入へのハードル削減
買収側の事務所は、新規事業や新規の分野への参入を迅速に行うためにM&Aを実行することもあります。
ゼロから内部の資源だけで新規事業を構築するよりも、買収によって事業そのものを買うことのほうが、はるかに早期の進出が可能となります。さらに、M&Aによって新しい事業を買収し、複数以上の事業展開によるリスク分散も可能となります。
このように、売却先の事務所が持つノウハウや市場シェアをそのまま引き継ぐことができる利点を持ったM&Aも、ここ数年で一気に増加しており、結果として、新規事業への投資額は減少し、参入コストと時間が削減されることで、早期の段階で利益を確保できる結果を生んでいます。
優秀な人材の確保
少子高齢化が問題となっている現代では、優秀な人材の確保がどの業界においても必須の課題です。
M&Aを行うことによって、売却側企業に所属する従業員や建築士をそのまま雇用すれば、優秀な人材をそのまま自社に引き入れることができます。業界におけるノウハウも既に所有しているため、研修を行う手間も省くことが可能です。
ただ、売却側企業の従業員がすべて優秀であるとは限りません。また、M&A後の企業文化の変化に追いつかず、離職する従業員が発生する可能性もあります。
M&Aによって従業員を引き継ぐ場合、この点に繊細な注意が必要です。
建築設計事務所におけるM&Aの注意点
建築設計事務所のM&Aを行う際の注意点として、競業避止義務について説明していきます。
建築設計事務所のM&Aにおける競業避止義務
建築設計事務所のM&Aにおいて最も留意すべきポイントとなるのが、「競業避止義務」です。競業避止義務とは、一般的に「一定の者が自己(自社)または第三者の利益を損なうような取引をしてはならないこと」と定義されます。
以下が留意すべき点です。
- 情報の非公開化:
M&Aに関わる企業は、取引の過程で得た相手方の機密情報や営業上の秘密を外部に漏らさない義務があります。これには、製品開発や戦略・顧客リストなどが含まれます。 - 事業活動の制限:
M&A後、特に買収された側の企業の経営者や重要な従業員は、一定期間、同業他社で働くことや新たに競合する事業を立ち上げることが制限される場合があります。買収した企業の投資価値保護のためです。 - 顧客やサプライヤーとの関係:
M&Aを通じて得た顧客やサプライヤーとの関係を利用して、不当な競争優位を得る行為を避ける義務があります。これには、不公正な価格設定や市場独占の形成を防ぐことが含まれます。 - 市場への影響:
M&Aによって既存市場の様相が大きく変化し市場の競争が不当に制限される可能性があります。これは消費者の利益を毀損することにつながるため、適切な市場分析と関係者間や監督官庁と調整を行う必要があります。 - 従業員の扱い:M&Aで発生する可能性がある従業員の解雇や職務の変更に際して、公平な手続きを行う義務があります。これには、適切な通知期間の提供や、必要に応じた再教育・再配置の支援が含まれます。
建築設計事務所に限らず、M&Aを行う際は、これらの競業避止義務に留意し、適切な契約内容を定めることが重要です。
建築設計事務所におけるM&Aを成功させるためのポイント
建築設計事務所のM&Aを成功させるためのポイントは以下が挙げられます。
- M&A戦略の立案
- 相場価格をよく理解しておく
- 統合後のプロセス確立
これらをそれぞれ詳しく解説していきます。
M&A戦略の立案
M&A戦略とは、M&Aによってどのような効果を得るのかを検討するための準備や計画を指すものです。M&A戦略の如何によって、M&A後の事業計画もより具体化されます。
M&A戦略では、自社の分析(SWOT分析)や市場調査・業界トレンドなど様々な要素を調査することが必須です。明確な戦略を立てたうえで、買収(売却)先選定や交渉を行なっていくことになります。
M&A戦略において重要視すべきポイントは、以下の通りです。
- M&Aにより何を達成したいか(売却・売却後まで視野に入れたもの)
- 自身の企業は売れるのか。売れるとすればどの部分か(事業の一部または全部)
- いつ・誰に・何を・いくらで・どのように売却(買収)するか
- 買収(売却)において障壁となる要素はあるか
- M&Aに必要な予算はどのくらいか(買収側)
上記のポイントを押さえておくだけで、M&Aにおける戦略はより具体的なものになります。反対にM&A戦略が場当たり的だと、交渉において不利な条件を飲まされるなどの弊害が発生します。
M&Aについて自社に詳しい人物がいない場合、M&A委託業者に戦略の立案・実行を依頼することを強く推奨します。費用こそ掛かりますが、よりスムーズにM&Aを成功まで導いてくれるでしょう。
当社のM&A仲介サービス「M&A HACK」では上記の戦略実行・買い手紹介を完全成功報酬でリスクなしの報酬形態で一気通貫で対応しています。初回の相談は無料ですのでお気軽に下記よりご相談ください。
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相場価格をよく理解しておく
M&Aを実行する際には、売り手側・買い手側ともに相場価格をよく理解しておくことが必要です。M&Aの企業売買における相場価格は、相手先の会社の価値によって算出され、事業売却・企業買収の金額目安とされます。
建築設計事務所のM&Aでは、株式譲渡もしくは事業譲渡が使われることが多いです。株式譲渡と事業譲渡の大まかな相場は以下のように計算されます。
- 株式譲渡:時価純資産額+営業利益×2年~5年分
- 事業譲渡:時価事業純資産額+事業利益×2年~5年分
当然ながら事業利益が多いほどに相場価格も高騰します。実際のM&A売却における相場計算はM&A委託企業に依頼することになりますが、もし可能であれば依頼前に自社の相場を計算してみましょう。
また、売り手側であれば算出価格よりも安く予算を立て、買い手側であれば相場よりも高く予算を立てるのがポイントです。予算の算出においては、相場よりも多少のズレが発生することは、あらかじめ考慮しておく必要があります。
PMI(統合後プロセス)の確立
M&Aにおいては成約がゴールではなく、売り手側と買い手側の両者が思い描いた成長を実現させることが本当のゴールです。そこでM&AにおいてはPMI(Post Merger Integration)の考え方が重要になります。
PMIとは、いわばM&A成約後の「統合後プロセス」を指します。PMIにおける重要な要素には、以下のようなものがあります。
- 新経営体制の構築
- 経営ビジョン実現のための計画策定
- 両社協業のための体制構築・業務オペレーション
上記の点に留意しながら、PMIを立案します。PMIを綿密に行うことで、売り手・買い手の両者に発生するリスクを最小限に抑え、成果を最大化させます。
また、PMIは成約後に立案するものではなく、M&A戦略の立案時から実行すべきです。M&Aの成約には1年以上の期間を要することがほとんどなので、PMIも長期的に行うことになります。
建築設計事務所のM&A成功事例とその戦略
ここまで紹介してきたように、建築設計事務所におけるM&Aは、企業の成長戦略や市場競争力の強化を目的とした有効な選択肢です。
まず、M&Aの主なパターンを4つ紹介し、その後、具体的な事例を紹介していきます。
M&Aの4つの主要なパターン
- 水平統合:
競合する同業他社を買収し、事業規模の拡大や市場シェアの高める戦略。 - 垂直統合:
製造・販売・流通など、異なるバリューチェーン上の企業を買収し、事業の効率化を図る戦略。 - 異業種買収:
自社の事業以外の事業を展開する企業を買収し、新規事業への参入や顧客層の拡大を図る戦略。 - 部分買収:
特定の事業部門やブランドのみを買収し、必要な機能や資源だけを取り込む戦略。
ここまで説明してきたように、建築設計事務所におけるM&Aは、市場拡大や事業部門の多様化のために、すでに不可欠な存在となっています。
次からは、当該企業のプレスリリースを参考に、成功したM&A事例とその戦略を紹介します。
M&A成功事例(水平統合):日建設計と日建スペースデザインの合併
- 概要
2024年4月1日に日建設計が日建スペースデザインを吸収合併し、日建設計が存続会社となることを発表しました。日建設計の総合力と日建スペースデザインの洗練されたデザイン力を組み合わせることで、高品質な空間提案を行い、クライアントの要望に応える体制を強化することが目的です。
- 水平統合の事例として
上述したように、水平統合は、同じ業界や市場で活動する企業間の合併や買収を指し、サービスの範囲を拡大し、市場シェアを増やすことを目的としています。この事例では、両社は建築設計という共通の分野で活動しており、合併によってサービスの質を高め、市場での競争力を強化することを目的としています。まさに、典型的な水平統合の事例といえるでしょう。
この事例によるメリットは以下の通りです。
- 総合力の活用:
日建設計は、日建スペースデザインの洗練されたデザイン力を活かし、高品質な空間を提案することで、クライアントの要望により細かく応えることができます。 - 空間提案の強化:
日建スペースデザインは30年以上にわたり上質な空間提案を行ってきた経験を生かし、合併によってその提案力をさらに強化できます。 - 新しい体制の構築:
合併による新しい体制で、良好な建築ストックの有効活用やカーボンニュートラル関連の提案など、今後求められるであろうサービスを提供できるようになります。
これらのメリットを通じて、両社はより高いレベルのサービスを提供し、市場での競争力を高めることを目指しています。
出典・参考:
M&A成功事例(水平統合):池下設計の買収戦略
1973年に創業し、2023年に創業50周年を迎えた池下設計は、建築設計から生産設計(施工図)、施工管理まで幅広いニーズに対応しています。
池下設計はM&Aを有効に活用し、全株式を取得し子会社化することで、グループ企業を増やし、弱みを強みに、既存の強みをより強いものに変えていく戦略を実行しています。
- 概要
2019年4月にマイスターエンジニアリングより、蒼設備設計の全株式を取得し、子会社化。
2023年3月に創建構造設計の全株式を取得し、子会社化蒼設備設計。
2024年3月に広瀬建築設計事務所の全株式を取得し、子会社化。
- M&Aの有効活用の事例として
蒼設備設計の買収:
建築設備に関する設計・監理を主業務としている蒼設備設計の買収で、自社の従来の業務を強化。
創建構造設計の買収:
建築構造設計を主業務としている創建設計事務所の買収で、自社の従来の業務を強化。
広瀬建築設計事務所の買収:
不動産開発会社や信託銀行等から富裕層の顧客の紹介を受け、共同住宅等の意匠設計を行う広瀬建築設計事務所の買収で、自社の総合設計における上流工程を補完・強化。
このように、大規模のM&Aとはいえませんが、数多くの企業体を買収し、子会社化・グループ化することで、自社の事業領域の幅を拡大すると共にシナジー効果を狙う成功事例といえます。
出典:
- 株式取得(子会社化)に関するお知らせ(蒼設備設計)
- 株式取得(子会社化)に関するお知らせ(創建構造設計)
- 株式取得(子会社化)に関するお知らせ(広瀬建築設計事務所)
M&A成功事例(垂直統合):NTTファシリティーズの日本メックス子会社化
NTTグループ主要8社の一つであり、組織系建築設計事務所・エンジニアリング企業であるNTTファシリティーズ。
昨今は、先進のICTを活用して「Smart & Safety」で持続可能な社会の実現に取り組むとしています。この戦略の延長線上に、このM&A事例があります。
1972年に設立された日本メックスは、NTTグループ関連施設を中心に、建物の定期検査・メンテナンスなどの包括的なサービスを提供しています。
- 概要
NTTファシリティーズは、2019年12月に、関連会社である日本メックス2020年1月1日付で完全子会社化することを発表。
- 垂直統合の事例として
NTTファシリティーズによる日本メックスの買収は、ビルメンテナンス・ファシリティマネジメント業界における維持管理業務の効率化や、さらなる事業拡大を目指すことを目的としています。
NTTファシリティーズは、日本メックスを子会社化することで、建物のライフサイクル全体にわたるソリューションの提供が可能となります。この買収・子会社化で、NTTファシリティーズは建物に関して上流から下流までのトータルをサポートを実現を目指す典型的な垂直統合のM&A事例です。
出典・参考:
- 日本メックス株式会社の100%子会社化について | 2019年 | ニュースリリース | 企業情報 | NTTファシリティーズ
- 株式会社 NTT ファシリティーズの 100% 子会社化について | お知らせ | 日本メックス株式会社
今まで紹介してきた事例は、売り手側と買い手側の両者の事業基盤が強化され、結果として収益拡大と持続的な成長が可能となります。その最短距離の戦略として使われたものがM&Aなのです。
まとめ
今まで紹介してきたように、建築設計事務所におけるM&Aは、自社だけでなく業界全体の成長を促す重要な手段です。
建築設計事務所は、事業承継や拠点の拡大、関連事業の参入などを目的として、M&A戦略を行うことは、今後は必須であるといっても過言ではありません。
まとめとして、ここでお伝えしたいことは、M&A成功のポイントは、明確な成長戦略を持つことがまず必要であるということです。
M&Aを単なる拡大戦略と捉えるのではなく、企業の長期的な目標達成にどのように貢献するかを考え、戦略を立案しなければなりません。
また、M&A後の統合プロセスにおいて、企業文化の融合や従業員のモチベーション維持に注意を払うことも、成功への鍵となります。さらに、事前のデューデリジェンス(買収前調査)を徹底することで、リスクを最小限に抑えることが求められます。
このように、建築設計事務所におけるM&Aは、企業にとって大きなチャンスであると同時に、専門性のある慎重な準備と戦略的なアプローチが必要な取り組みです。
そのためにも、専門的な知見と経験を持つM&Aアドバイザリー企業である「M&A HACK」などの専門家と協力し、適切なサポートを受けながらM&A戦略を立案することが重要であることを最後にお伝えいたします。
建築設計事務所におけるM&Aの可能性の検討に、この記事が少しでもお役に立てればと考えております。