「鉄骨工事業界のM&Aはどのように進めたら良いのだろう?」
「鉄骨工事業界のM&Aの現状がとても気になる」
この記事をご覧の方々の中には、上記のような疑問や関心を持つ人が多いのではないでしょうか。
ただし、「鉄骨工事 M&A」等とパソコンやスマートフォンで検索しても、はたして信頼して良いのか不安になる記事や、専門用語を多用したわかりにくい専門家の記事が多いのも事実です。
鉄骨工事業界のM&Aはどうなっているのか、気軽に知りたいものです。
そこで、今回はM&Aの専門企業である「M&A HACK」が、鉄骨工事業界のM&Aを分かりやすく簡潔に解説します。
鉄骨工事業界におけるM&Aの売却相場や成功ポイント、そして成功事例についても詳しく解説するので、鉄骨工事業界のM&Aに興味のある人は、ぜひ参考にしてください。
目次
鉄骨工事とは
鉄骨工事とはどのような工事なのか、鉄骨工事の種類や手順、鉄骨工事を行う際の必要な手続きについて解説します。
鉄骨工事について
鉄骨工事とは、鉄でできた部材を使用し建築物の骨組みをつくる作業です。鉄骨工事事業は、次のように工場と建設現場に分かれています。
- 工場:運搬できる程度まで鉄骨を製作、品質管理を徹底する。
- 建設現場:工場で作った鉄骨をクレーンで持ち上げ、ボルト・溶接で結合し建物の骨組みを組み立てる。
更に鉄骨工事の種類は「建て逃げ方式」「水平積み上げ方式」の2種類があります。
- 建て逃げ方式:移動クレーンを敷地の奥に置き、鉄骨の組み立てが進むにつれ、移動クレーンを敷地の手前に移動する方法。建物を建設しつつ、移動クレーンが後ろに逃げていく形となる。
- 水平積み上げ方式:タワークレーンを使用し下から上の階へ、鉄骨の節ごとに積み立てる方法。タワーマンション等の高層建物によく利用される。
鉄骨工事の流れ
鉄骨工事で丈夫な建物を安全に建築するため、慎重な作業が求められます。こちらでは、鉄骨工事の流れを大まかに説明します。
鉄骨柱の足元を固定する
基礎のコンクリート内にアンカーボルトを設置します。
設置位置は慎重に管理しなければならず、アンカーボルトの位置が本来の位置からズレていると、計画通りの位置に鉄骨柱が建てられません。
基礎コンクリート打設後、鉄骨柱を建てる前に柱底均しモルタルがセットされます。柱底均しモルタルの設置が完了したら、鉄骨柱を建てる準備は完了です。
鉄骨工場製作・検査
計画された建築物に合わせ、鉄骨の切断・溶接等が行われます。また、工場製作過程では鉄骨の検査も必要で、鋼材の種類や材料寸法、加工寸法、組立精度、溶接部、錆止め塗装と様々な項目をチェックしなければいけません。
特に鉄骨の溶接部は、溶接完了後に溶接内部が健全な状態で施工されているかを確かめるため、超音波探傷試験で調査します。工場では最後に鉄骨の錆止め塗装を行い、建設現場に鉄骨を搬入します。
現場建て方開始
建設現場で受け入れ確認後、クレーンで柱・梁と組み上げていきます。また、安全に作業を行うため、昇降設備、落下防止用の綱やネット等の安全設備も取り付けなければいけません。
測定器を使い、建物の倒れや階高の誤差、鉄骨柱の倒れを確認しながら建て方は進められていきます。
建て方が進むと柱・梁の接合部分を固定し、最後に鉄骨柱足元の最終固め(グラウト材の充填)をします。
鉄骨工事を手がけるには建設業許可が必要
鉄骨工事を手がけるには法人・個人いずれの場合も、建設業許可が必要です。
丈夫な建物を建築するため、正確かつ慎重に鉄骨工事を行う能力、資金力等がなければ、工事の実施は認められません。
新たに鉄骨工事や土木一式工事、建築一式工事等を行う場合は行政庁に許可申請を行い、許可を受ける必要があります。許可の申請先は次の通りです。
- 国土交通省大臣:申請者が2ヵ所以上の都道府県に営業所を設けている場合
- 都道府県知事:申請者が1つの都道府県に営業所を設けている場合
国土交通省大臣または都道府県知事が許可を得るためには、5つの要件全てに合致している必要があります。
- 建設業の経営業務の管理を適正に行う能力がある:常勤の役員や事業主本人が建設業で5年以上の経営業務の管理責任者経験がある等
- 営業所ごとに専任技術者を設置している:指定学科修了者で高卒後5年以上もしくは大卒後3年以上の実務の経験を有する者、国家資格者等
- 建設業許可の対象となる法人や個人、役員が誠実である
- 建設業許可が必要な規模の工事を請け負える資金力
- 欠格要件に該当しない:破産者で復権を得ない者や、営業停止処分の期間が経過していない者等に非該当であること
新規に鉄骨工事事業を立ち上げる場合は、厳格な要件を満たす必要がある他、手続き申請に手間と時間がかかります。
鉄骨工事業界の市場動向と市場規模
鉄骨工事業界の現状や市場規模はどうなっているのか、そして業界内の課題を解説します。
鉄骨工事業界は厳しい状況が続いている
国土交通省記者発表資料「全国の建設業許可業者数は 5 年ぶりの減少~令和4年度末の建設業許可業者数調査の結果~」より
鉄骨工事業界は事業者の減少傾向が続いています。
1999年(平成11年度)には60万を超える事業所が存在していたものの、2022年(令和4年度)は約47万事業所と、23年間に約2割も減少しました。
原因としては鉄骨工事業界の次のような厳しい現状があげられます。
- 大規模建築物の需要が落ち着いてきている
- 鉄骨資材価格の上昇
- 需要低下による受注競争の激化
需要の低下、鉄骨資材価格の高騰、受注競争の激化により、規模の小さい事業所は淘汰されていく事態が想定されます。
鉄骨工事事業を手がける中小事業者は、事業の拡大・安定のため、何らかの対策をとる必要があるでしょう。
廃業する企業が目立つ
鉄骨工事業界では激しい競争により、事業者の廃業が目立ちます。1999年~2022年の23年間で、新規事業者数よりも廃業した事業数が多かった年度は13回もあります。
下表をご覧ください(国土交通省記者発表資料「全国の建設業許可業者数は 5 年ぶりの減少~令和4年度末の建設業許可業者数調査の結果~」を参考に作成)。
西暦(年度) | 新規事業者数 | 廃業事業者数 | 減少数 |
2000年(平成12年度) | 24,949 | 39,970 | -15,021 |
2001年(平成13年度) | 23,875 | 38,446 | -14,571 |
2002年(平成14年度) | 23,481 | 42,659 | -19,178 |
2005年(平成17年度) | 20,085 | 40,482 | -20,397 |
2006年(平成18年度) | 20,004 | 37,995 | -17,991 |
2007年(平成19年度) | 20,426 | 37,171 | -16,745 |
2010年(平成22年度) | 18,464 | 32,854 | -14,390 |
2011年(平成23年度) | 16,034 | 31,201 | -15,167 |
2012年(平成24年度) | 17,320 | 31,059 | -13,739 |
2015年(平成27年度) | 19,156 | 24,442 | -5,286 |
2016年(平成28年度) | 20,222 | 22,403 | -2,181 |
2017年(平成29年度) | 21,035 | 21,600 | -565 |
2022年(令和4年度) | 16,404 | 16,749 | -345 |
なお、将来の鉄骨工事事業の安定・拡大のため、受注競争に勝つだけではなく、別の方法も模索する必要があるでしょう。
鉄骨工事業界が持つ課題
鉄骨工事業界の課題は主に次の2つがあげられます。
戦争や円安による鉄骨資材価格の高騰
建設向けの鉄骨資材価格の高騰にどう対応するかが大きな課題です。
2019年の新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる影響で、需給バランスが崩れてしまい、鉄鉱石などの原材料価格は高止まりしていました。
更に、2022年のロシアのウクライナ侵略による、資源エネルギー価格の上昇で、鉄骨資材価格が高騰を続けています。
ビル等の建築の受注に成功したとしても、高額となった鉄骨資材を利用し、はたして十分な利益を得られるのか、事業者は慎重に検討しなければいけません。
経営者の高齢化
鉄骨工事事業を手がける事業所も含めた経営者の平均年齢は、徐々に高齢化しています。
全国の経営者の平均年齢は2022年に過去最高の63.02歳まで達し、70代以上の割合は33%を超えている状況です(参考:東京商工リサーチ「社長の平均年齢 過去最高の63.02歳 ~ 2022年「全国社長の年齢」調査 ~」)。
経営者が60代以上になると引退を検討する必要も出てきます。しかし、事業を引き継ぐ人が決まっていない事業所は数多く存在します。
後継者のいないまま経営者が引退を迎えると、廃業を余儀なくされ、雇用している労働者等に多大な影響が出てしまうことでしょう。
鉄骨工事業の動向と今後
大規模建築物の需要の低下、鉄骨資材価格の高騰を踏まえ、鉄骨工事業界は今後どのようになっていくのかを解説します。
建設業の就業者数は減少傾向にある
厚生労働省「【修正版】2022年09月26日【全建】第5回個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」より
鉄骨工事等に従事する就業者数は、減少傾向にあります。
1997年(平成9年度)には685万人の就業者数となっていましたが、2021年(令和3年度)485万人と30%近く減少しました。
就業者数の減少の原因としては、高所での肉体労働に加え、年間賃金総支給額の低さが原因と言えます。2019年の全産業男性労働者の年間賃金総支給額平均は約560万円でしたが、建設業男性生産労働者の平均は約462万円です。
過酷な労働に見合った報酬が十分に得られないため、建設業の就業者数は減少傾向となっています。
大量離職で人材確保が困難となる可能性もある
厚生労働省「【修正版】2022年09月26日【全建】第5回個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」より
若手入職者が非常に少なく、事業運営に支障が出る可能性もあります。
建設業の就業者(建設技能労働者)数は、60歳以上が79.5万人と圧倒的に多く全体の25.7%を占めています。一方、将来にわたり鉄骨工事事業を支える10代・20代の就業者数は37.2万人と、12.0%にとどまっている状況です。
今後、60歳以上の就業者の大量離職が起きてしまうと、それを補う就業者の数がとても足りない状態になってしまいます。各事業所では人材不足をどのように補っていくか、良く検討する必要があるでしょう。
後継者不在で廃業・倒産のリスク
鉄骨工事事業の経営が軌道に乗っていても、中小事業者の場合、後継者になる人はなかなか現れない可能性があります。
鉄骨工事業界は過酷な労働環境、需要の減少により、経営者の家族が事業承継を拒むケースもあるでしょう。
実際に、経営者の高齢化と後継者不在が原因で倒産する企業は、2023年に500件を超える事態となっています(参考:帝国データバンク「全国企業倒産集計2023年11月報 別紙号外リポート:後継者難倒産」)。
今後、鉄骨工事事業を手がける事業所の廃業・倒産の増加が予測されます。経営者が引退後も事業所の継続を希望するならば、柔軟に事業承継方法を検討する必要があるでしょう。
鉄骨工事業界のM&Aの動向
鉄骨工事業界全体が厳しい経営環境にあり、人材の確保も非常に難しい状況の中、M&Aによる買収のニーズが高まりつつあります。
こちらでは鉄骨工事業界のM&Aの特徴と、主なM&Aの手法について解説します。
鉄骨工事業界のM&Aの特徴
鉄骨工事等を請け負う事業所では、同業者とのM&Aによる経営統合が多く、その他に不動産会社とM&Aを行う場合もある点が特徴的です。
主に次のようなパターンでM&Aが行われています。
- 鉄骨工事等を請け負う事業所同士が、事業の安定のため経営統合を目指す
- 不動産会社が事業の多角化のため、建築会社とM&Aを行う
- グローバルに鉄骨工事事業等を行ってきた企業が、海外の子会社を現地の企業に譲渡する
特に鉄骨工事等を請け負う事業と無関係だった企業が、鉄骨工事の分野に進出する場合、新たに建設業許可を受けなければいけません。
しかし、鉄骨工事等を請け負う事業所の買収に成功すれば、手続きの手間と時間を大幅に削減できます。
M&Aの目的とは?
買収側は、鉄骨工事事業の経営の安定化や事業の拡大を目指し、鉄骨工事等を請け負う事業者と交渉するケースが多いです。
買収側は鉄骨工事事業を手がける事業所の買収により、次のような利益を得られます。
- 買収側が鉄骨工事事業に新規参入した企業ならば、鉄骨工事に関するノウハウ、労働者、施設・設備等の経営資源をいっきに獲得できる
- 買収側が売却側との間で人材や資機材を融通し合い、事業の効率化を図れる
たとえ買収側に鉄骨工事に関するノウハウが無くても、鉄骨工事等を請け負う事業者とのM&Aが成功すれば、より効率的に事業規模の拡大を進められます。
M&Aの手法
鉄骨工事業界のM&Aは他の業界の場合と同じく、交渉相手の希望をよく聴き、経営状態も把握しつつ、互いの納得のもとで契約の成立が図られるよう、話し合いを進める必要があります。
こちらでは、鉄骨工事業界のM&Aで良く利用されている「株式譲渡」「事業譲渡」、その他の手法について説明します。
株式譲渡
株式譲渡とは、売却側の株式を買収側に譲渡し、経営権を移転させるM&Aの手法です。
買収側が経営権を得るには、株式保有率が過半数に達するよう株式を譲り受けなければいけません。株式譲渡の方法の中には、売却側が全ての株式を譲渡、買収側の完全子会社となるケースもあります。
株式譲渡の場合、買収側に経営権が移転するだけなので、統合後も売却側の事業所は存続します。売却側が雇用していた労働者を、以前と同じ事業所で働かせる取り決めも可能です。
事業譲渡
事業譲渡とは、売却側が事業の一部または全部を買収側に譲渡するM&A手法です。
売却側が例えば住宅の販売や賃貸を行う不動産業と、建設事業とを営んでいた場合、不動産業だけに専念したいので、鉄骨工事等の建設事業を買収側に譲渡するという方法も可能です。
また、親会社が子会社の扱う建設事業を譲り受け、事業の統合やスリム化を図るケースもあります。
その他
鉄骨工事業界のM&Aでは、下表のような方法がとられる場合もあります。
M&A手法 | 内容 |
会社合併 | M&A当事者が1つの会社となるM&A手法。次の2種類に分かれる。
|
会社分割 | 売却側の事業を分割し買収側へ譲渡するM&A手法。次の2種類に分かれる。
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株式公開買付け(TOB) | 他企業の経営権取得を目的に、株式の株式数・買付価格・期間等を公告後、取引所外で多数の株主から大量に買付けをするM&A手法。 |
株式交換 | 完全子会社となる会社の発行済株式のすべてを、完全親会社となる会社に取得させるM&A手法。 |
第三者割当増資 | 特定の第三者に株式を有償で引き受けてもらい、資金を調達する手法。 |
資本提携・業務提携 | 広義のM&A手法。
|
鉄骨工事業でM&Aを行うメリット
鉄骨工事事業のM&Aは買収側の利益だけでなく、売却側にも大きなメリットがあります。
売却側のメリット | 買収側のメリット |
|
|
売却側のメリット
M&Aにより後継者問題が解決や、事業経営の安定化、労働者の雇用維持等も可能になる点がメリットです。
後継者問題の解決
買収側が事業を引き継ぐので、後継者がいない状況に悩む必要はありません。
特に中小事業者の場合、鉄骨工事業界の厳しい経営環境を理由に、後継者になってくれる人物がなかなか現れないケースも想定されます。
M&Aに成功すれば一般的に規模大きな企業が買収側となるので、売却した事業所の運営を安心して任せられます。
事業経営の安定化が図れる
買収側は規模の大きな企業が多いので、売却側は潤沢な資金を活かし、安定した事業経営を行えます。
M&A後も、買収側は建設業の経営業務の管理を適正に行う「管理責任者」、営業所ごとに設置する「専任技術者」を必要とするケースが多いです。
そのため、売却側の経営者を、以後も鉄骨工事事業の管理責任者等として重用する可能性があります。
売却側の経営者は買収側の傘下に入り、潤沢な資金をもとに、新たな人材の確保・設備の充実を図れます。
創業者利益を得られる
M&Aで株式譲渡を行えば、売却側の経営者は創業者利益を得られます。
創業者利益とは、企業の創業者が所有する自社株式を譲渡する際に得られる譲渡益です。譲渡益は、株式を譲渡した金額と、創業者が事業資金に投資した株式資本の差額分となります。
株式の資本は、企業の規模・経営状態に影響されますが、基本的に1つの企業の株式資本と同程度の資金を得られる可能性が高いです。
経営者は得られたお金を老後の生活資金や、新たな事業に挑戦する際の資金としても構いません。
労働者の雇用維持
M&Aを行った場合、売却側の労働者の雇用が維持されるメリットもあります。
事業所を廃業してしまうと、雇用していた労働者を解雇しなければいけません。しかし、M&Aに成功すれば労働者の雇用は維持され、労働者が生活に困窮する事態を回避できます。
また、鉄骨工事業界では労働者の不足が深刻化している状況なので、買収側にとっても人材の確保は大きな課題です。
そのため、買収側が売却側の労働者の離職を避けるため、経営統合後、給与・待遇面の改善を行う可能性もあります。
買収側のメリット
事業拡大・効率化が図れる、経営資源の獲得、迅速に事業の多角化を進められるというメリットがあります。
事業拡大・効率化が図れる
買収側は、鉄骨工事を手がける事業所の買収により、迅速に事業拡大を図れる点がメリットです。
例えば新たに営業所を設立する場合、土地の確保や施設の建築、専任技術者の設置、労働者の募集や設備投資も必要です。
しかし、M&Aが成立すれば買収した事業所をそのまま利用できます。売却側の事業経営に問題がなければ、以前と同じように鉄骨工事等の事業を行わせても構いません。
また、買収側・売却側が互いに鉄骨資材の調達網を共有すれば、資材のコストを抑えられ、現場の運営も効率化できます。
経営資源が獲得できる
買収側は、鉄骨工事に精通した労働者、施設・設備、事業のノウハウを獲得できます。
例えば、鉄骨工事に関するノウハウのない異業種が参入し、初めから鉄骨工事等の建設事業を立ち上げようとすれば、次のようなトラブルが生じ、思うように準備が進められないかもしれません。
- 建設業許可申請の要件を満たさず、行政庁から許可が下りなかった
- 新たに建設技能労働者を募集したが、応募者が集まらない
しかし、鉄骨工事を手がける事業所の買収に成功すれば、既に労働者や施設・設備等は揃っています。手探りで鉄骨工事業界に進出するよりも、短期間で事業を開始できます。
迅速に事業の多角化が可能
買収に成功した事業所を有効利用し、速やかに事業の多角化ができる点もメリットです。
初めから鉄骨工事等の建設事業を立ち上げるには、国土交通大臣または都道府県知事に建設業許可申請を行う必要があります。
建設業許可申請には多くの書類を準備し、漏れなく必要事項を記載したうえで提出しなければいけません。その分、多くの手間と時間がかかります。
しかし、鉄骨工事を手がける事業所の買収した場合、行政庁への手続きは基本的に「建設業許可変更届出」で済みます。
建設業許可申請よりも建設業許可変更届出は簡易な手続きなので、その分、事業の多角化を迅速に進められることでしょう。
鉄骨工事業でM&Aを行う際の注意点
鉄骨工事事業のM&Aを行う際、次の3点に注意が必要です。
- M&A交渉は各プロセスを経て慎重に進める
- 買収側がデューデリジェンスを行う
- 忘れずに建設業許可変更届出を行う
それぞれについてわかりやすく解説します。
M&A交渉は各プロセスを経て慎重に進める
M&A交渉は、各プロセスを実行しつつ慎重に進めていきましょう。
M&A契約の方法は法律に規定されていないので、交渉当事者の合意ですぐに契約は成立します。
ただし、合意に至る前に必要なプロセスを実行しておかないと、深刻なトラブルが発生する可能性もあります。
- 交渉の相手方に開示した社内の秘密情報が、外部に漏洩している
- 交渉の相手方が契約を守らず、結局、経営統合が失敗に終わった
- 経営統合の際に、買収側と売却側で対立が起き、売却側の労働者が大量離職してしまった 等
深刻なトラブルを避けるために、次のようなプロセスで交渉を行いましょう。
- 交渉準備:鉄骨工事事業のM&Aの方針や手法等を経営者等が決め、条件に合う交渉相手を探す。
- 交渉開始:交渉相手を見つけたら交渉の申し込み、交渉日時を調整する。基本的に経営者同士が交渉を行う。交渉前に、当事者が情報漏洩を防ぐため「秘密保持契約」を結び書面化する。一方、買収側は希望する買収内容等が明記された「意向表明書」を売却側に渡す。
- 基本的な方針に合意する:交渉当事者間で、鉄骨工事事業のM&Aに関する方針が固まったら、「基本合意書」作成する。ただし、以後の交渉で内容の変更は可能。
- デューデリジェンス開始:買収側は売却側の価値・リスク等を調査する。
- 最終的な契約の締結:M&A契約の詳細な取り決めまで合意が得られたら、「最終契約」を締結し書面化する。例えば株式譲渡ならば「株式譲渡契約書」と、事業譲渡ならば「事業譲渡契約書」を作成する。
- 経営統合を開始する
M&Aは交渉開始~最終契約まで、基本的に1年以上かかります。
なお、交渉当事者がM&A専門の仲介会社等に交渉のアドバイスやサポートを依頼した場合、仲介会社等と「業務依頼契約」を締結する必要があります。
買収側がデューデリジェンスを行う
M&A後に深刻なトラブルが発生しないよう、買収側はデューデリジェンスを行い、売却側について詳しく調査しましょう。
「デューデリジェンス」とは、M&A契約を成立させる前に、売却側の価値・リスク等の調査する作業です。
調査対象となるのは鉄骨工事事業の場合、主に次の5項目があげられます。
- 財務:売却側の事業所の財務状況を調査し、事業経営がうまくいっているかどうかを確認。
- 法務:売却側の法的なリスクを調査。法令順守状況の他、株主とトラブルとなっていないか、建設工事の発注者等との間で訴訟となっていないか等を確認。
- 人事:売却側の人事面を調査し、雇用されている労働者の数や報酬水準等の他、組織風土の違い等を確認。
- 技術:売却側の技術面を調査し鉄骨加工技術や管理方法、鉄骨資材の量を確認。工場の見学や労働者へインタビューも行う。
- 事業:売却側の経営管理・事業モデル、将来のキャッシュフロー等を調査。
その他、必要があればITに関する調査も行います。
ただし、調査に精通したスタッフがいないと、デューデリジェンスはスムーズに進みません。
自社だけでデューデリジェンスが行えるか不安なら、M&A専門の仲介会社等にサポート・アドバイスを依頼した方が良いでしょう。
忘れずに建設業許可変更届出を行う
M&A後、忘れずに建設業許可変更届出を行政庁に提出しましょう。
M&Aの実行により、株主や取締役等が変更されたとしても、買収した事業所の建設業許可は取り消されません。ただし、M&Aにより変更した事項について変更届を行う必要があります。
変更内容ごとに必要となる書類を収集し、国土交通大臣または都道府県知事に届け出ます。主に次のようなケースでは必要な書類、届出期間が異なるので注意しましょう。
変更の内容 | 必要書類 | 届出期間 |
常勤役員の変更 |
|
2週間以内 |
営業所の専任技術者の変更 |
|
2週間以内 |
商号又は名称を変更、資本金額の変更 |
|
30日以内 |
鉄骨工事事業のM&Aを成功させるためのポイント
鉄骨工事事業のM&Aを成功させるには、次のポイントを押さえておく必要があります。
- M&A戦略の立案
- 相場価格をよく理解しておく
- PMI(統合後プロセス)の確立
それぞれのポイントについてわかりやすく解説します。
M&A戦略の立案
M&Aを成功させるための戦略を慎重に立て、実行する準備を進めましょう。
売却側・買収側いずれも、次のポイントをしっかりと押さえましょう。
- M&Aの目的・手法の決定:(例)株式譲渡(譲受)による子会社化、鉄骨工事をはじめとした建設事業の譲渡(譲受)
- M&A交渉の時期
- 交渉相手の選定:(例)自社のM&A目的に合った交渉相手を選別する
- 買収(売却)価格
M&A前にM&Aの目的・手法、時期、どのような交渉相手を選ぶか、買収(売却)価格について、経営者・役員がよく議論しておきましょう。
議論した内容を踏まえて、M&Aの計画をたてれば、自社のニーズに合った交渉相手と、経営統合ための話し合いが行い易くなります。
ただし、社内でM&Aに精通したスタッフがいないと、効果的なM&A戦略の立案が難しい場合もあります。M&Aの戦略がうまく立てられないときは、M&A専門の仲介会社にサポートやアドバイスを依頼しましょう。
当社のM&A仲介サービス「M&A HACK」では上記の立案策定や交渉相手の紹介を、完全成功報酬、リスクなしの報酬形態で対応しています。初回の相談は無料ですのでお気軽に下記よりご相談ください。
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相場価格をよく理解しておく
M&Aの交渉前に、鉄骨工事業界の相場価格を把握しておくおきましょう。
交渉当事者が相場価格に沿って希望する金額を提示すれば、金額調整が行い易く、金額の面で合意に達する可能性も高くなります。
買収(売却)金額の計算方法する際、例えば株式譲渡・事業譲渡の場合は次の計算式となります。
- 株式譲渡:時価純資産額+営業利益×2年~5年分
- 事業譲渡:時価事業純資産額+事業利益×2年~5年分
ただし、売却側の鉄骨工事事業が現在好調か否かや、デューデリジェンスを行い予想外の問題が発覚した等の影響により、金額の大幅な調整を余儀なくされるケースもあるので注意が必要です。
PMI(統合後プロセス)の確立
M&A契約が成立しても安心せずに、経営統合の進め方を慎重に協議していきましょう。
「PMI」とは、Post Merger Integrationの略で、買収後の売却側との経営・業務等の統合施策を実施する作業です。買収側は売却側の協力のもとでPMIを進める必要があります。
買収側と売却側との対立を避けつつ、経営統合を達成するため、次のようなポイントを十分に検討しておきましょう。
- 鉄骨工事事業の新たな経営体制の構築
- 経営統合で達成したい目標・方針を実現する計画の策定
- 協業による新たな事業システムの構築、業務運営
ただし、M&Aは交渉開始~最終的な合意契約まで、基本的に1年以上を要する長期的な作業です。契約成立後にPMIの立案を始めると、統合まで相当時間がかかるおそれもあります。
そのため、M&A戦略を立案するのとほぼ同時に、PMIの立案も開始しておく必要があるでしょう。
鉄骨工事事業のM&Aにおける成功事例
鉄骨工事業のM&Aにおける成功事例を紹介しましょう。これから鉄骨工事業のM&Aを検討している人は、ぜひ参考にしてください。
瀧上工業による東京フラッグとのM&A
売却側である「東京フラッグ」は東京都東江戸川区を拠点に、鉄骨組立・鋼構造物工事の請負、土木・建築工事の請負等を手掛ける企業です。
一方、買収側は「瀧上工業」で愛知県半田市に本社があり、橋梁・鉄骨・鉄塔、その他鋼構造物の設計・製作・施工等を行う企業です。
瀧上工業は、東京フラッグの次のような強みに注目します。
- 東京フラッグは1988年11月の創業以来、鋼構造物工事における現場溶接を専門とする企業として実績が豊富
- 鉄骨工事に関するノウハウや経験豊かな雇用労働者、施設・設備が整っている
- 瀧上工業の溶接技術の深化を図るために最適な買収相手
そこで、瀧上工業は主要事業である鋼構造物製造事業の更なる強化発展を図るため、東京フラッグと交渉を開始します。
2022年3月2日には株式譲渡契約を締結し、東京フラッグは瀧上工業の子会社となりました。
参考:株式取得(子会社化)に向けた株式譲渡契約締結のお知らせ
瀧上工業による菊池鉄工所とのM&A
売却側である「菊池鉄工所」は滋賀県甲賀市を拠点に、鉄骨、溶接H形鋼の鉄鋼工作物製作加工・設計施工等を手掛ける企業です。
一方、買収側は「瀧上工業」で1895年に創業し、橋梁、鉄骨、鉄塔の設計製作等を手がける歴史のある企業です。
瀧上工業は、菊池鉄工所の次のような強みに注目します。
- 菊池鉄工所は1960年11月の創業以来、鉄骨及び鉄構工作物の製作加工、設計施工を行ってきており、鉄骨工事等に関するノウハウの蓄積がある
- 菊池鉄工所を買収すれば、民間の大型開発案件への対応力の強化が図れる
そこで、瀧上工業は自社の鉄骨鉄構事業の更なる強化と成長を加速させるため、菊池鉄工所と交渉を開始します。
2024年3月26日には株式譲渡契約を締結し、菊池鉄工所は瀧上工業の子会社となりました。
参考:株式取得(子会社化)に向けた株式譲渡契約締結のお知らせ
アサノ大成基礎エンジニアリングによる三協建設とのM&A
売却側である「三協建設」は静岡県浜松市を拠点に鉄骨工事、一般住宅工事、リフォーム工事、道路工事、河川工事等を手がける企業です。
買収側は「アサノ大成基礎エンジニアリング」で、東京都台東区に本社を構える建設関連の総合エンジニアリング企業です。
アサノ大成基礎エンジニアリングは三協建設の次の点に注目します。
- 三協建設は静岡県を中心に、鉄骨工事等の豊富な業務実績を有している
- 三協建設は建築分野で高い技術力を有し、雇用労働者数、施設・設備等も充実している
そこで、アサノ大成基礎エンジニアリングは、建築分野で更に多くのソリューションを提供するため、三協建設と交渉を開始します。
2018年9月28日には株式譲渡契約を締結し、三協建設はアサノ大成基礎エンジニアリングの子会社となりました。
参考:株式会社アサノ大成基礎エンジニアリング株式譲渡契約締結のお知らせ
森田鋼材による三豊鋼業とのM&A
売却側である「三豊鋼業」は兵庫県伊丹市を拠点に、鉄骨工事、異形棒鋼販売・加工を手がける企業です。
買収側である「森田鋼材」は大阪府門真市を拠点に、三豊鋼業と同様に鉄骨工事、異形棒鋼販売・加工を手がけ、小野建の子会社となっています。
森田鋼材の親会社である小野建は、三豊鋼業の次の点に注目しました。
- 三豊鋼業は長年にわたり地域へ密着し、顧客第一の営業展開により安定した事業基盤を築いている
- 三豊鋼業を買収すれば京阪神エリアにおける鉄筋加工販売事業の営業強化、商流の効率化が図れる
そこで小野建は、三豊鋼業とM&A交渉を開始します。
2023年11月10日には小野建の取締役会で、子会社である森田鋼材による三豊鋼業の株式取得を決議し、2024年2月22日には三豊鋼業と株式譲渡契約を締結しました。
三豊鋼業は小野建の孫会社、森田鋼材の子会社として事業を進めていきます。
参考:当社子会社による三豊鋼業株式会社の株式取得(孫会社化)に関するお知らせ
フジ住宅による雄健建設とのM&A
売却側である「雄健建設」は大阪府大阪市を拠点に、建設工事業・土木工事業・舗装工事業等を手がける企業です。
一方、買収側は「フジ住宅」で、大阪府岸和田市に本社があり、大阪府下を中心として阪神間、和歌山市内で分譲戸建住宅、分譲マンション、中古住宅再生事業等を幅広く手がける企業です。
フジ住宅は雄健建設の次の点に注目します。
- 雄健建設は鉄骨造・鉄筋コンクリート造の建築工事で、大阪府下を中心に幅広い施工実績がある
- 雄健建設を買収すれば、自社の得意とする木造住宅以外にも、良質な鉄骨住宅等を提供できる
そこで、フジ住宅は事業の充実・業績の安定拡大を図るため、雄健建設と交渉を開始します。
2019年11月27日には株式譲渡契約を締結し、雄健建設はフジ住宅の子会社となりました。
エスイーによる森田工産とのM&A
売却側である「森田工産」は鳥取県米子市を拠点に、鉄骨工事業を手がける有限会社です。
一方、買収側は「エスイー」で東京都新宿区に本社があり、建設用資機材の製造・販売事業、建築用資材の製造・販売事業、建設コンサルタント事業等を幅広く展開する企業です。
エスイーは森田工産の次の点に注目します。
- 鉄骨工事業に実績のある森田工産を買収すれば、更なる事業領域の拡大が見込める
- 森田工産の鉄骨工事業と、エスイーの主力とする鉄鋼製品の製造販売事業とのシナジー効果が期待できる
そこで、エスイーはグループのさらなる業容拡大を目指し、森田工産と交渉を開始します。
2015年3月30日には株式譲渡契約を締結し、森田工産はエスイーの子会社となりました。
参考:有限会社森田工産の株式の取得(子会社化) および同社商号変更に関するお知らせ
VirgoによるTBC(⼾⽥建設)とのM&A
売却側である「TBC」はブラジル・サンパウロを拠点に、鉄骨工事等の総合建設業を営む⼾⽥建設の子会社です。
一方、買収側の「Virgo」は同じくブラジルにて、投資事業を手がける企業です。
⼾⽥建設は海外建設事業を展開してきたものの、数年来のブラジル国内の景気低迷を受け、売却も含めた撤退を検討していました。
優良な買収先を探していた⼾⽥建設と、投資事業に加え総合建設業へ進出したいVirgoの利害が一致し、両社はM&A交渉を開始します。
2023年4月5日に開催された⼾⽥建設の取締役会で、VirgoへTBCの全株式の譲渡を決定しました。
阪和興業によるブリヂストン化工品ジャパンとのM&A
売却側である「ブリヂストン化工品ジャパン」は神奈川県横浜市を拠点に、冷蔵倉庫用の防熱工事事業等を手がけてきた企業です。
一方、買収側は「阪和興業」で大阪府大阪市に本社があり、鉄鋼、鉄鋼原料、建材等に関する幅広い事業を扱う企業です。
防熱工事事業の承継を図りたいブリヂストン化工品ジャパンと、防熱工事事業と鉄骨工事とのシナジー効果を図りたい阪和興業との利害が一致し、双方はM&Aの交渉を開始します。
ブリヂストン化工品ジャパンから、防熱工事事業の譲渡による吸収分割という形で話し合いが進められました。
2018年1月26日には、阪和興業による防熱工事事業の承継が公表されました。
川岸工業による川岸工事とのM&A
売却側である「川岸工事」は千葉県柏市若を拠点とし、鉄骨工事の現場施工等を行う川岸工業の完全子会社です。
一方、買収側は「川岸工業」で東京都港区に本社があり、鉄骨等鋼構造物の設計、製作等を手がける企業です。
川岸工事の親会社である川岸工業は事業をスリム化し、鉄骨工事等の建設事業の効率化を図るため、川岸工事との吸収合併を決意します。
2022年3月25日には川岸工業の取締役会にて、川岸工事を吸収合併する決議が採択されました。そのため川岸工事は消滅会社となり、川岸工業に吸収されます。
参考:完全子会社の吸収合併(簡易合併・略式合併)に関するお知らせ
コンドーテックとエヌパットの業務資本提携
「コンドーテック」は大阪・東京を中心に、鉄骨加工業者向けに鉄構資材の製造・仕入・販売等を行う企業です。一方、「エヌパット」は大阪を中心に、建築用金物の製造販売業等を営む企業です。
これまでコンドーテックは、鉄骨建築で使用されている耐震用筋交い「ターンバックルブレース」、その基礎部材である「アンカーボルト」等の建築、土木用金物の製造・インフラ関連資材の卸売業を展開してきました。
エヌパットも、「あと施工アンカーボルト」「インサート」を中心とした良質な建築用金物の開発、製造、販売を手がけています。
両社はそれぞれが持つ販売網で、付加価値の高い製品を拡販しようと考え、提携のための交渉を開始します。
2018年2月8日には建築用金物の製造・販売における業務提携、コンドーテックがエヌパットの株式 10株(発行済株式総数の 5%)を取得する資本提携に合意し、業務資本提携契約が締結されました。
まとめ
今回は、鉄骨工事業界のM&A・事業承継の全知識という形で、鉄骨工事のM&Aにおける売却相場・事例・成功ポイントを解説しました。
鉄骨工事業界は、需要の減少や鉄骨資材価格の高騰で厳しい経営環境となっています。今後、いっそう鉄骨工事に関連するM&Aが盛んになるでしょう。
M&Aは鉄骨工事業界の成長戦略として非常に有効な手法ですが、交渉の際は相手方の事情も良く考えて、慎重に話し合いを進める必要があります。
ぜひ今回の記事を参考に鉄骨工事のM&Aを検討してみてください。